【歴史秘話ヒストリア】 その時歴史が動いた!「ペリリュー島の戦い」パラオの国旗に秘められた憶い

Channel: KONATA

147,656

TIP: Right-click and select "Save link as.." to download video

Initializing link download... Initializing link download.....

【歴史秘話ヒストリア】 その時歴史が動いた!「ペリリュー島の戦い」パラオの国旗に秘められた憶い。知られざる歴史の真実
日本軍
守備隊長、中川州男大佐(11月24日戦死後、2階級特進し陸軍中将)
戦死者 10,695名
捕虜   202名
※戦闘終結後も生き残りの日本兵34人が洞窟を転々として生き延び、戦後も2年戦い続け、昭和22年に投降。

米軍
戦死者 2,336名
戦傷者 8,450名
※この他に精神に異常をきたした者が数千名。

住人
死者 0名
負傷者 0名



余談1≫ パラオの国旗は日本の国旗を模して作られたものだそうですが、円部分(満月)は少し左にずれています。
実はこれ、 日本に対しての礼儀からわざと中心をはずしたもので、パラオの人たちの慎み深さがうかがえます。



余談2≫ この当時の様子を知る、ペリリュー島民の老人のコラム(毎日新聞)が残っています。

遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。

「あそこでみんな死んでいったんだ・・・」

沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。

太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。
老人は村の若者達と共にその作業に参加した。
日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。

やがて戦況は日本に不利となり、いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。
仲間達と話し合った彼は代表数人と共に日本の守備隊長のもとを訪れた。
「自分達も一緒に戦わせて欲しい」と。

それを聞くなり隊長は激高し叫んだという。
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」

日本人は仲間だと思っていたのに・・・。
みせかけだったのか。
裏切られた想いで、みな悔し涙を流した・・・。

船に乗って島を去る日、日本兵は誰一人見送りに来ない。
村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。

しかし、船が島を離れた瞬間に日本兵全員が浜に走り出てきた。
そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。
先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。

その瞬間、彼は悟ったという。
あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと・・・。



余談3≫ 大東亜戦争終結後、「日本軍は非道だった」と子供たちに洗脳教育をする教師と、パラオ島民の血を受け継ぐ生徒とのエピソードも残っています。

生徒 「俺のじいちゃんは、日本の兵隊に優しくしてもらったって言っていました。皆礼儀正しく、差別もしない人達だったって」

教師 「でも、酷いことも...」

生徒 「後から来た、アメリカの方が酷かったって言っていました」

教師 「貴方のような考えの人もいるかも知れないけど、それはごく一部で」

生徒 「ごく一部じゃ駄目なんですか?」

教師 「そういうことじゃなくて」

生徒 「俺のじいちゃんの国は凄く小さいです。他の国に比べれば全然重要じゃないかも知れないけど、日本人は、そんな国も大事にしてくれたって言っていました。戦争の時、仲良くした日本兵はみんな笑って出掛けて行って、誰も帰ってこなかったと言っていました。国旗も日本を真似ました。みんな、日本を尊敬しています」

パラオで桜花のごとく散った日本兵は、満開の桜の靖国神社に英霊として祀られています。